肩書きがすごい人は、実力も知識も人柄も頭の回転もすごい人にちがいないと思い込んでいたのですが、そうではないんですよね。
実力と肩書きが比例していないことがあります。
何を言っているか?(発言)ではなく、何をしているか?(行動)を見るとわかるかもしれません。
出世術を身につけている人は、口がうまいこともあるので、言っていることはあまり重要ではありません。
いわゆる肩書きがすごい人のまわりに人が集まっていることがあります。
そのことがさらにすごい人のように見せています。
・・・ですが、浅はかな人のまわりには考えが浅い人が集まっているものです。
「すごい人にくっついていたら、自分の地位も安泰だ」
・・・浅い。
でも、それも自分で選んでいることですからね。
それで幸せならそれでいいと思います。
一方で、賢い人のまわりには有能な人が集まります。
このちがいは何でしょうか?
浅はかな人とは?
自分をすごい人に見せたい浅はかな人には、たいがいお山の大将になりたい人です。
ということは、自分をお山の大将にしてくれる人を自分のまわりに配置します。
ということは、素晴らしいアイデアを提案してくれる人ではなく、時には的確な意見をくれる人でもなく、イエスマンを選びます。
その方が自分がすごいと思えるからです。
何を言っても「さすがです(手もみもみ)」「その通りです(へこへこ)」と返してくれたら、自分には能力があると勘ちがいできるんですね。
自分はすごい人だと思うことができます。
賢い人とは?
本当にすごい人、賢い人は、自分のすごさを誇示することもありません。
ただ、表現することや伝えることは必要だとわかっているので、黙っているわけでもありません。(個人的な見解)
視点はいつも「みんなが」「あなたが」です。「オレが」「ワタシが」ではなく。
ただし、自己犠牲を美しいものとはしていないので、自分のことも大事にしている印象です。
物事を全体の流れの中で考え、決して部分だけで決めつけません。
まわりにいるのは、持ちあげてくれる人ではなく、自分を持っている人ですね。
そして、お山の大将になりたい浅はかな人とちがって、学びにたいして熱心です。
すごそうなあの人のまわりの人は?
集合写真の真ん中に写っているとすごそうな人に見えて、実力もありそうに見えますが、実際どうでしょうか?
すごそうに見えるあの人が本当にすごいかどうかは、まわりの人を見るとわかります。
にこにこしている人に囲まれているかと思いきや、へこへこしている人に囲まれていたり。
共感されているかと思いきや、イエスマンに囲まれていたり。
数年前まで、このちがいを知らずにいました。
肩書きがすごそうな人は、(よくわからないけど)すごい人だと思っていました。
なので「え???その対応ありなの???」ということがあっても、すごそうな肩書きなので誰にも何も言えずにいたことがありました。
すごそうな振る舞いも、行動にフォーカスしてみると、「なぁーんだ」という感じでした。
・・・で、これは自分にも置き換えられます。
自分のまわりにはどんな人がいてくれているのか?
イエスマンを集めている人に、ロクな人がいないと思うのは私だけではないはず。
あなたのまわりはどんな人が集まっていますか?